認知症の妄想1
認知症の患者さんは妄想を呈することがあります。その中で、もっとも多いのが「物盗られ妄想」です。
物を取られる妄想と言っても、圧倒的に多いのはお金や通帳が盗られたという妄想です。今まで、一人だけ「マンションの管理会社の人が自分の靴下を盗っていく」と訴えた人がいましたが、少数派です。
もちろん、本当に盗られたわけでは無く、患者さんがどこかに片付けたのですが、その場所を忘れてしまい見つからないために「誰かが盗った」という結論になるわけです。しかも、犯人はほとんどの場合は同居している家族だと訴えます。では、どうして片付けた場所が分からないことから、家族が盗ったという考えになってしまうのでしょうか?
認知症の患者さんの立場になると、「確かに財布をここにしまったはず」「でも、さっき片付けたはずなのに今見るとなくなっている」「こんなに素早く盗ることができるのは家族しかいない」ということになります。
健康な人からすれば、「いや、自分だって時には財布が見当たらないことだってあるけれど、家族が盗ったなんて思わないですよ」と言いたくなります。
認知症の患者さんがこうした妄想を抱く背景には、「不安感」があります。
私たちは過去の記憶の積み重ねの延長線上に存在していますが、5分前、30分前、1日前の記憶がなくなっていくということは、自分を含めた世界が「不確か」になっていくということです。患者さんは自分の物忘れを否定するかもしれませんが、こうした「不確かさ」は感じています。こうした不確かさによる不安を感じたときに、お金はある意味、安心をもたらすものなのかもしれません。
また、家族と同居している場合、家族を犯人として疑うのは家族内での孤独感が関係していると言われています。
認知症を発症して、同じ事を何度も家族に聞いたり失敗が多くなると、家族の態度がどうしてもよそよそしくなったり、場合によっては家族に注意されたり怒られることもあります。こうした家族との関係の変化が、物盗られ妄想の発症に関係しているようです。
患者さんが「盗られた」と訴えた場合は、一緒になって探してあげること、そして家族が先に見つけても「ここにあったよ」と教えずに「✕✕は探してみた?」とさりげなく提案して自分で見つけてもらうことがコツだと、介護の教科書には書いてあります。
ただ、ちょっと考えられないような場所に隠してしまい見つからなかったり、あるいは何度かこういうことを繰り返すうちに財布や通帳を肌身離さず持ち歩くようになってしまう方もいますので、教科書通りにはなかなかいきません。