アルツハイマー病の薬(アリセプト)ついて(効くの?効かないの?)
現在、薬がある認知症はアルツハイマー病とレビー小体型認知症の2つです。特に有名なのがドネペジル(アリセプト)で2007年に発売されました(「アリセプト」は薬の商品名、「ドネペジル」は薬の一般名です)。最初はアルツハイマー病の薬として発売されましたが、その後、レビー小体型認知症にも適応をとっています。他にもリバスチグミンパッチ、ガランタミンという薬がありますが、薬としての仕組みはドネペジルと同じです(レビー小体型認知症に適応があるのはドネペジル(アリセプト)のみ)。
ドネペジルが発売されるまでは認知症の薬というものはありませんでした。それまでは脳梗塞の後遺症に使う脳の血流や代謝を改善させる薬を認知症の患者さんにも投与することが多かったのですが、こうした薬自体、脳梗塞の後遺症にも効果が無いことが判明し市場から姿を消しました。なので、ドネペジルが発売された時は画期的な薬と考えられた訳です。ただ、使ってみると「あれ?効果ってこの程度なの?」と少し肩透かしな印象もありました。
最近はあまり経験はありませんが、物忘れを主訴に受診された方や家族から、「進行を止める良い薬があるそうなので、それを早く飲みたい(飲ませたい)」と言われることがあります。
一方、最近お会いした進行期の認知症の患者さんの御家族に、今まで認知症の薬を飲んだことはなかったのですかとお聞きすると、「かかりつけの先生に『認知症の薬は副作用ばっかり出て本人が辛いだけだから飲ませる必要は無い』と言われました」とのことでした。
どちらも、ドネペジルなどのアルツハイマー病の薬のことを指していると思いますが、どちらが正しいのでしょうか?認知症の進行を止めるすごい薬なのでしょうか?それとも副作用ばかり出る意味の無い薬なのでしょうか?
まず、ドネペジルの副作用ですが、代表的な副作用は吐き気、下痢で約5%の人に見られます。さらに頻度の少ない副作用ですが、眠れない、イライラするというものがあり、こちらの発生頻度はおそらく2%程度かと思います。どちらの副作用も、薬を止めれば速やかに消えてしまいます。また、少量から初めてゆっくり増やすほど副作用は出にくいようです。ドネペジルだと最少用量は3mgですが、副作用が心配なら1.5mgから始めます。ですから、副作用がない薬とは言えませんが、副作用を心配して処方を最初からしないというのも間違いです。認知症の方だと、怒りっぽい方が時々いますが、今怒りっぽいから薬をのむと余計怒りっぽくなるということはありません。副作用については、他のリバスチグミンパッチやガランタミンも同様です。
では、効果についてはどうでしょうか?残念ながら進行を止めるという作用はありませんが、進行を緩やかにする作用はあります。薬を開始してからおおよそ1-1.5年の進行が緩やかになることが分かっています。実際にこうした薬を投与した患者さんは、その後1年くらいはあまり進行しないように思います。一方、服用により現在ある症状(物忘れなど)が目に見えて良くなる人は少数です。いないわけではないですが、周囲から見て薬の効果が感じられるのは5-10人に1人くらいだと思います。
要約すると、副作用を心配して処方できないような薬ではありません。効果については、劇的なものはありませんが一定期間、進行を緩やかにするという効果はあります。そもそも、現時点では他にアルツハイマー病の薬はないわけですから、上記の効果、副作用についてご説明し、本人・家族が希望されれば処方すべき薬だと思います。
フランスでは、アリセプトなどのアルツハイマー病治療薬が保険適応になっていないと報道されることがあります。フランスも日本と同様、医療は国民皆保険ですので、どの治療を公的保険の対象にするかは政府が決めており、価格に見合った効果ではないと判断したということでしょう。医療には様々な薬、治療法があり、どこまでを公的保険でまかなうかはその国の政府、国民が決めることだと思います。個人的には、こうしたアルツハイマー病治療薬にまったく保険適応を認めないのは賛成できませんが、本来薬の適応がない高度認知症になっても延々と投与され続けるというのも間違っていると思います。
下山進氏が書かれた「アルツハイマー征服」という本の中に、このドネペジル(アリセプト)の開発の舞台裏が書かれています。アリセプトの開発は当初は難航し治験もうまく行かなかったようです(アリセプトは日本のエーザイという会社が開発しました)。アメリカでは治験が終わった後も希望者にはアリセプトを服用できるようにしていたそうですが、そうした薬を受け取りに来る患者や家族の中に、妻がアルツハイマー病で、自身も大きな会社に勤めていましたが介護のために休職し、妻を連れてアリセプトを受け取りに来た男性がいたそうです。以下は、この本からの抜粋です。
「治験の終った後も、熱心に薬をうけとりにくるその夫とひととき話をした。聞けば彼は、誰もが知っている会社に勤めていたのだ、という。最初は、娘が、妻の介護をしていた。しかし、その娘の手が借りられなくなり、社を休んで自分が介護するようになった。休みが頻繁になると、会社のほうから辞めて介護に専念してはどうか、と露骨な退職勧奨をうけ、社を辞めざるをえなくなった。やがて蓄えが底をついた。そこで家を売って、このトレイラーハウスに移り住んだのだ、という。 四五年間つれそった妻。しかし、その彼女は、今は鏡を見て、「この人は誰なの?」と不思議そうに話しかけている。妻は、もう夫のことがわからなくなり、時に、興奮して叫びながら「出ていけ」とトレイラーハウスから自分を追い出してしまうこともある。」「そこまで聞いてロジャーズは、思わず尋ねてしまった。「
—『アルツハイマー征服 (角川書店単行本)』下山 進著
この後、多くの患者さん、アリセプトを開発したエーザイの人達の努力がかない、最終的にアリセプトは効果が確認され市場に出ることになります。