高齢者が風邪薬(総合感冒薬)を服用しないほうがよい理由
寒くなり風邪が流行するシーズンになると、風邪薬のCMもよく見るようになります。患者さんと話しをしていると、「早く治したいので風邪薬をください」と言われることがあります。また「早くのんで早く治そう」と謳う風邪薬のCMもあります。
でも、風邪薬っていったい何なんでしょう?そもそも風邪ってどいうい病気なんでしょうか?
まず、風邪というのはウィルス感染ににょって咳、鼻水、喉の痛みが引き起こされる病気の総称です。この3つの症状以外にも関節痛、筋肉痛や吐き気、下痢がおこることがありますが、吐き気(嘔吐)や下痢だけであれば、風邪ではなくウィルス性胃腸炎と呼びます(わかりやすく「お腹の風邪」ということもありますが)。
風邪症状の原因となるウィルスは100から200種類あると言われており、インフルエンザウィルスやコロナウィルスはその一部です。
注意してほしいのはウィルスと細菌はまったく別物であり、風邪を引き起こすのはウィルスだということです。例えば、細菌感染による扁桃炎、咽頭炎がおこると喉が痛くなります。しかし鼻水や咳が出ることは原則ありません。細菌が肺に感染すると肺炎になりますが、細菌性の肺炎では喉の痛みや鼻水は出ません。このように細菌は、喉なら喉だけ、肺なら肺だけに感染してその部位の症状だけを引き起こしますが、ウィルスは同時に鼻、喉、気管に感染するため複数の症状を引き起こします。
この違いがなぜ重要かと言うと、細菌感染とウィルス感染では治療がまったく違うからです。細菌感染であれば、通常は抗生剤を投与します(ただし、副鼻腔炎や咽頭炎などは抗生剤を使わずとも自然治癒することは珍しくありません)。ウィルス感染に対しては抗生剤はまったく無効で、インフルエンザや新型コロナウイルスを除けば特に薬はありません。
だとすると、薬がないウィルス感染に対して投与される風邪薬って何なんでしょうか?
風邪薬(総合感冒薬)というのは、熱、咳、鼻水などの風邪の諸症状を抑える成分が混ぜてある薬です。例えばCMもやっているPL顆粒という風邪薬があります。この薬は薬局で売っているだけでなく、処方箋で出すこともできるので、私が医者になった時には風邪の患者にはPLを処方しておけば良いと教えられました。
PL顆粒の成分を見ると「サリチルアミド・アセトアミノフェン・無水カフェイン・
プロメタジンメチレンジサリチル酸」という4つの成分が含まれています。サリチルアミド、アセトアミノフェンの2つは解熱、鎮痛効果があります。プロメタジンメチレンジサリチル酸塩というのは抗ヒスタミン薬という成分で、鼻水のために入っています。無水カフェインですが、抗ヒスタミン薬が眠気を催す副作用があるために眠気防止のために入っています。風邪薬を服用すると眠くなる経験をした方はいると思いますが、それは風邪薬の中の抗ヒスタミン薬の成分が原因です。あまり多くのカフェインを入れるとそれはそれで副作用が出るのでPL顆粒に入っているカフェインだけでは眠気は必ずしも抑えられません。PL顆粒の添付文書にも、服用中は車の運転をしないように書かれています。
総合感冒薬に含まれている成分は各社少しずつ違います。例えば、パブロンではデキストロメトルファンという咳止めの成分やビタミンが入っていますが、やはりクロルフェニラミンマレイン酸塩という抗ヒスタミン薬が入っています(つまりPL顆粒には咳止めの成分は入っていないということです)。
抗ヒスタミン薬には第一世代と第二世代があり、風邪薬に入っているプロメタジンメチレンジサリチル酸塩やクロルフェニラミンマレイン酸塩は第一世代の抗ヒスタミン薬です。第一世代の抗ヒスタミン薬は眠気が強く、それに対して第二世代の抗ヒスタミン薬は眠気の副作用が少ない、あるいはほとんどないものもありますが、風邪薬に入っているのは第一世代です。高齢者が第一世代の抗ヒスタミン薬を服用すると、眠気がより強く出ます。以前、80歳代の患者さんが市販の風邪薬を昼に服用したところ、夕方になってもなかなか目を覚まさず家族が無理矢理起こしたところ、呂律が回っておらず心配して電話をしてきたことがあります。結局風邪薬の副作用で、しばらくすると元に戻りました。
日本老年医学会が出している「安全な薬物療法ガイドライン」でも第一世代の抗ヒスタミン薬を高齢者に投与すると認知機能低下やせん妄のリスクがあるので投与しないように書かれています。以前に私が診ていたレビー小体型認知症の患者さんが風邪薬を服用したら幻覚が悪化したことがありました。
なぜ副作用の強い第一世代の抗ヒスタミン薬を風邪薬に使用しているのかは分かりませんが、原価や特許の問題かもしれません。
そもそも風邪の鼻水に抗ヒスタミン薬が効くという根拠はありません。風邪の症状というのは、基本的にはウィルス感染に対する私たちの身体の防御反応です。熱を出すことによりウィルスをやっつけようとしたり、鼻水や咳は鼻腔や気管に存在するウィルスを身体の外に追い出すための反応です。ですから、薬でこうした症状を抑えても、少なくとも風邪が早く治るということはありません。あくまで風邪薬は、症状が辛いときに緩和させるために服用する薬です。