認知症と糖尿病
糖尿病はそれほど珍しい病気ではありませんので、糖尿病を持っている方が高齢になって認知症を発症することがあります。この場合、いろいろな問題が発生します。
- 薬の飲み忘れ 認知症では記憶力が低下することが多く、そのために今まで服用していた糖尿病の薬をのむことを忘れるようになります、インスリンの注射をしている場合も、注射を忘れてしまい、結果として糖尿病が悪化してしまうことがあります。
- 過食 認知症の初期では食欲が亢進することがあります。夕飯を食べ終わった後に「食事はまだか?」と聞く場合があります。ただ、食べたことを忘れてしまうという以上に食欲が亢進することがあり、戸棚や冷蔵庫の中のものを夜中に全部食べてしまう人がいます。また、自分でお菓子やアイスクリームをたくさん買って、それを1日で全部食べてしまったりします。こうした行動があると、当然、糖尿病は悪化してしまいます。
- 意欲低下による食事量の減少 認知症が中等度以上になると、食事量は減っていきます。認知症は進行するにつれ、何かをしようとする意欲が徐々に低下していきます。まず、外出が減り、家の中でも横になっていることが多くなり、口数が減りお風呂も入らなくなります。食事も周りに促されないと食べなくなります。電子レンジを使ったりお湯を沸かすことも難しくなります。こうなってくると、逆に血糖値が下がり糖尿病の数字も良くなってきます。良いことのように聞こえますが、ここで問題になるのが低血糖の危険です。
低血糖の危険
低血糖は血糖値が70mg/dl以下になる状態です。このような状態になると、冷汗、動悸、手の震えなどが出現しさらに血糖値が下がると意識がもうろうとし、最後には昏睡状態になります。すぐにブドウ糖を投与すれば回復しますが、治療が遅れ低血糖の状態が遷延すると昏睡状態から回復できなくなったり、最悪死に至ります。認知症の方は血糖値が下がっても、体調の不調を周囲にうまく伝えることができないため低血糖の発見が遅れます。病院勤務時代に、低血糖が遷延し回復しなかった糖尿病患者さんが3人いましたが、うち2人は認知症がある方でした。
認知症の方が低血糖をおこさないようにするためには
まず、普段の血糖値を高めに維持することです。通常、糖尿病の治療目標は空腹時血糖なら150mg/dl未満、HbA1cが7.0%以下です。しかし、80代で中等度の認知症の方であれば、空腹時血糖は200mg/dl前後、HbA1cは8%程度でも問題ありません。普段の血糖値を高めにしておけば、低血糖の危険は下がります。逆に、普段の血糖値をできるだけ良くしようとすると、低血糖の危険が高まります。では、血糖値を高くしても健康に問題はないのでしょうか?
高齢者では血糖値が高めでも影響は少ない
血糖値が高くなってくると、目の網膜や血管、腎臓など身体の様々な部分に合併症が生じます。糖尿病で一番問題になるのは、こうした合併症なのです。目に合併症が起きると、視力低下や失明の危険がありますし、血管に合併症がおきると、心筋梗塞、脳梗塞、脚の壊疽などの危険があります。しかし、こうした合併症は高血糖になってもすぐに生じる訳ではありません。高血糖によって合併症が起きるまでには5-10年程度かかります。ですから、80代の方であれば、高血糖であっても合併症を心配する必要はあまりなく、むしろ低血糖を心配した方が良いということになります。
低血糖と薬
糖尿病の治療薬には低血糖の危険が高い薬と、そうでない薬があります。例えば、インスリンにはいくつかの種類がありますが、超速効型と持効型というものがあります。超速効型はすぐに効きますが、効果は短時間です。食前にうつことにより血糖値の上昇を抑えます。ただ効果時間が短いので、食事のたびにうつ必要があります。一方、持効型のインスリンは一度うつと24時間作用します。1日1回で済みますが、その後、きちんきちんと食事をとらないと低血糖に陥る危険があります。認知症の方は自分でインスリンをうつことが難しいため、この持効型のインスリンが良く用いられます。内服継にも低血糖を起こしやすい薬とそうでない薬があります。例えば、メトホルミン、DPP4阻害薬、SGLT-2阻害薬と呼ばれる薬は、他の薬を併用していなければ低血糖を非常に起こしにくい安全な薬です。一方、グリメピリド(アマリール)という薬があります。この薬は24時間以上作用し血糖値を下げる効果も強いですが、その分、低血糖を起こしやすくなります。前述した、低血糖による昏睡が回復しなかった3人の方は、全員がこのグリメピリドを服用していました。認知症がある高齢の糖尿病患者さんでは、こうした低血糖を起こしやすい薬はばるべく避けて、低血糖を起こしにくい安全な薬に変える必要があります。