ランバート・イートン症候群という病気
今回はランバート・イートン症候群(通称LEMS)という病気について書いてみます。多くの方は聞いたことがない病気だと思いますが(脳神経内科の病気の多くはそうですが)、医学生は大学で必ず習いますし国家試験に出題されることもあります。しかしLEMS自体は非常に希な病気で、国内におおよそ200人程度しか患者がいないと言われていますので、多くの医師にとっては生涯出会うことがない病気です。脳神経内科医でも診たことがない人もいるような病気です。
では、そんな希な病気なのになぜ大学で必ず習うのでしょうか?
LEMSは病気の機序や症状などが重症筋無力症と(MG)似ているために、セットで覚えさせられるのです。MGもLEMSも末梢神経と筋肉の接続部分に障害があり、どちらも免疫の異常によっておこる病気です(自己免疫疾患)。症状はどちらも、易疲労感、全身の筋力低下でMGでは瞼が下がる眼瞼下垂という症状がよくおこりますが、LEMSでは希です。MGもLEMSも筋電図検査や血液検査で診断ができます。MGは専門医であれば比較的簡単に診断がつきますが、LEMSはしばしば困難です。LEMSの診断の難しさは、病気自体が希ということがありますが、患者さんの訴えに比べ、診察してもあまり異常がないためわかりにくいことが原因です。
以前、病院に勤めている時に、60代の男性(Aさん)が、身体に力がはいらなくなったと受診されました。ちょっと動くとすぐに疲れてしまい歩行器がないと歩けない状態でした。心臓や肺など内臓には異常が無く脳神経内科を受診されたのです。まず訴えからはMGを疑いました。ただMGの場合は患者さんの筋力をテストすると概ね低下しているのですが、Aさんの場合、徒手筋力テストという力比べをして筋力をみるテストをしても、筋力があまり落ちているようには思えません。しかし、Aさんは歩行器がないと歩けないというのです。
MGの診断に、テンシロンテストというものがあります。アンチレクスという薬を患者さんに注射すると、MGの場合では短時間ですが症状が改善します。当然Aさんにもこのテンシロンテストをおこなってみたところ、「少し良くなったような気がする」と言うのです。ただ、MG患者さんのように傍から見てもよく分かるほどの改善ではありません。次に筋電図検査をおこないました。MGでは手の筋肉を支配している正中神経という神経を何度も電気で刺激する反復誘発筋電図という検査をおこないます。神経を電気で刺激すると筋肉の収縮がおきて、それがモニター上に波形となって現れます。MGでは神経を何度も刺激すると筋肉の収縮が弱くなって、波形が徐々に小さくなります。
Aさんに筋電図をおこなったところ、驚いたのはまず1回目の刺激から非常に波形が小さく出ることです。正常の1/10程度でした。そこから反復刺激をおこなったのですが、結果的にはよく分からない結果に終わってしまいました。
この頃になると、病棟看護師や研修医からは、「心因性の症状ではないのか?」という意見が出るようになりました(本人の訴えに比べて、客観的な異常が乏しいためです)。
私自身は、Aさんは必ず何かの病気だと思っていたのですが、診断がつかず困っていたときに学会で先輩医師に会う機会がありAさんの相談をしてみたところ、「それはLEMSでしょう」と言われたのです。
MGは筋肉が疲れやすく、何度か筋肉を収縮させると収縮力がすぐに落ちてしまいますが、LEMSでは逆に最初の収縮では力が出ないのですが、2回3回と連続して収縮させると力が出ます。つまりMGで筋肉がすぐに疲れてしまい力が出ませんが、LEMSでは瞬発的に力を出すことができないのです。そのためLEMSの患者さんに反復誘発筋電図をおこなうと波形が非常に小さくなります。また電刺激を反復する場合MGとLEMSでは頻度設定が異なります。MGばかり疑っていた私はMGの設定で検査をしていたために、分からなかったのでした。
学会の帰りにUpToDateというオンライン教科書でLEMSを調べると、「患者の訴えの割には診察しても客観的な異常に乏しいのが特徴」と書かれていたのです。
学会から戻ったのは日曜日でしたが、すぐに病院に行って患者さんに再度反復誘発筋電図をおこなったところ、ばっちりLEMSに一致する結果が出たのです。
LEMSは自己免疫疾患という種類の病気で、身体の免疫の異常が原因で発症します。このような自己免疫疾患にはMG、多発性硬化症、膠原病など様々な病気があります。まらLEMSでは6割程度の患者さんに癌が合併します。特に小細胞癌という肺がんが多いとされています。
Aさんも、胸部CTで1カ所だけリンパ節の腫大がありました。ここが癌かどうかはリンパ節をとって調べれば分かるのですが、私がいた病院ではとれなかったので大学病院で調べてもらったところ、小細胞癌が見つかったのです。
小細胞癌の治療は通常、手術ではなく化学療法になります。教科書では癌の縮小によりLEMSも良くなることがあると書かれておりさっそく抗癌剤による治療をおこないましたが、癌が縮小してもLEMSはあまり良くなりませんでした。そのため、LEMSに効果があるとされる3.4-DAPという試薬を試してみたり、やはりLEMSには保険適応がない免疫グロブリン大量療法を試しました(いずれも院内の倫理委員会に申請して承認をもらってからおこないました)。こうした治療によりAさんの筋無力症状は少し良くなり、一時は寝たきりだったのが歩行器で歩行可能なまでに改善しました。しかし、小細胞癌が再発し化学療法も効果が乏しく、結局発症後1年でAさんは癌のため亡くなりました。
医師を長くしていると、時々診断がつかない患者さんに出会っても、ふとした拍子に診断がつく(閃く)ことがあります。LEMSという病気は知識としてはよく知っていましたが、実際に患者さんを診ても最初はなかなか思いつきませんでした。
その後、やはり徐々に歩けなくなり困って大学病院を受診したものの「異常ない」と言われ困っている方の相談を受けました。その方も、確かに診察室で診察をすると大した異常が無く、「この程度の筋力で歩けなくなるものかな?」と思ったのですが、その時にAさんのことを思い出しました。大学病院に「ひょっとしてこの方はLEMSではありませんか?」と紹介状を書いて再度筋電図検査をおこなってもらったところ、やはりその方もLEMSだったようです。
やはりLEMSという病気は専門医でも、診断が難しい病気のようです。