アルツハイマー病の早期診断がもたらすもの
[2020.01.18]
以前このブログで認知症を早期に診断することは難しいと書きましたが、近年、アルツハイマー病をより早期に診断するための技術が開発されています。普通に考えると、どんな病気でも早く診断できるに越したことはないように思いますが、実際にはそうではありません。
例えば、できたが最後、どんなに早く見つかっても全く治療法がない病気があったとします。こういう病気を、例えばまだ症状が全然なく本人は何も不都合がない時に見つけることは意味があるでしょうか?
アルツハイマー病も、例えば発症前や前段階で診断がついても発症を防ぐ薬はまだありません。しかし近年の研究によって、アルツハイマー病という病気は症状が出る少なくとも20年前には脳の中で病気が始まっていることが分かってきました。そして、アルツハイマー病を治療するためには、症状が出る前に脳の中で生じている変化にブレーキをかける必要があると考えられるようになっています。
この脳の中でおこっている変化は、非常に簡単に言うとβアミロイドとタウという2つの蛋白が脳の中にたまっていくことです。ですから、アルツハイマー病を診断するためには、この2つの蛋白が脳の中にたまっていることを証明すれば良いことになりますし、これらの蛋白の蓄積は先程述べたように発症の20年前から始まっていますので、これらの蛋白を調べることが早期診断を可能にすると考えられます。こうしたアミロイドやタウ蛋白のように、その病気自体を反映している指標をバイオマーカーと呼びます。
昔は、患者さんが亡くなった後に脳を調べないと、こうした蛋白の蓄積は証明できませんでしたが、現在はPET検査という方法で脳の中にβアミロイドが蓄積していることを確認することができます。タウ蛋白については、研究段階ですがやはりPET検査で確認が可能です。しかし、アミロイドPETは国内でも受けることが可能ですが、1回20万円以上かかる高額な検査です(保険診療の対象外)。
アミロイドPET検査について 浜松PET診断センター
PET検査以外の方法としては、脳の中を循環している髄液というものを腰から採取して、髄液中のアミロイドやタウ蛋白を調べるという方法があります。こちらは費用はそれほどかかりませんが、採取がやや面倒ですし採取時に合併症を引き起こす可能性もゼロではありません。 血液検査で分かればそれが一番良いのですが、血液中のβアミロイドやタウ蛋白の量は非常に微量でこれまでの機器では測定が困難でした。しかし、測定機器の進歩により近年、微量な蛋白も測定が可能になりました。
アルツハイマー病創薬の開発支援 島津製作所
血液検査によるアルツハイマー病診断法 日本医療開発研究機構
では、こうした検査によりアルツハイマー病の診断が可能になるということは、どのような意味があるのでしょうか?
まず、診断が正確になります。現在、アルツハイマー病の診断は、問診、身体診察、認知機能検査(HDS-R、MMSE、ADAS-Cogなど)、画像検査(MRI、脳血流シンチ)によっておこなわれています。しかし、こうした診断法は、どうしても正確とは言えず、患者さんが亡くなった後に脳を調べるとアルツハイマー病ではないことも、それほど珍しくはありません。
アルツハイマー病の治療薬を開発し治験を行う時は、アルツハイマー病の患者さんだけを選ぶ必要があります。一口に認知症と言っても様々な病気があります。被験者にアルツハイマー病以外の人が多く混じると、せっかくの新薬も良い結果が出ない可能性があります。ですから血液検査で正確な診断ができるようになると、治療薬の開発に役に立ちます。
次に重要なのは、早期治療の可能性です。前述したように、アルツハイマー病では、発症の20年前から脳の中にβアミロイドやタウ蛋白がたまっていきます。そして、完全に発症してからこうした蛋白を脳の中から除去しても、治療効果は乏しいということが分かっています。ですから、こうした原因となる蛋白を取り除く治療は早ければ早いほうが良さそうだと言えそうです。しかしPET検査は高額なので、検診で何度も受けることができる人は限られますが、血液検査で早期治療・発症前診断ができるようになれば、例えば60歳ころから数年に一度血液検査をおこない、症状が出る前に異常が見つかればβアミロイドやタウ蛋白を減らす薬を投与して発症を遅らせたり予防することが可能になるかもしれません。
近年の技術の発達により、アルツハイマー病の早期診断が可能になりつつあります。ただ、こうした診断技術が普及するためには、治療方法の開発とセットであることが重要です。
参考文献
Kiddle et al.A Blood Test for Alzheimer's Disease: Progress, Challenges, and Recommendations. J Alzheimers Dis, 2018
Preische et al. Serum Neurofilament Dynamics Predicts Neurodegeneration and Clinical Progression in Presymptomatic Alzheimer's Disease. Nat Med. 2019
例えば、できたが最後、どんなに早く見つかっても全く治療法がない病気があったとします。こういう病気を、例えばまだ症状が全然なく本人は何も不都合がない時に見つけることは意味があるでしょうか?
アルツハイマー病も、例えば発症前や前段階で診断がついても発症を防ぐ薬はまだありません。しかし近年の研究によって、アルツハイマー病という病気は症状が出る少なくとも20年前には脳の中で病気が始まっていることが分かってきました。そして、アルツハイマー病を治療するためには、症状が出る前に脳の中で生じている変化にブレーキをかける必要があると考えられるようになっています。
この脳の中でおこっている変化は、非常に簡単に言うとβアミロイドとタウという2つの蛋白が脳の中にたまっていくことです。ですから、アルツハイマー病を診断するためには、この2つの蛋白が脳の中にたまっていることを証明すれば良いことになりますし、これらの蛋白の蓄積は先程述べたように発症の20年前から始まっていますので、これらの蛋白を調べることが早期診断を可能にすると考えられます。こうしたアミロイドやタウ蛋白のように、その病気自体を反映している指標をバイオマーカーと呼びます。
昔は、患者さんが亡くなった後に脳を調べないと、こうした蛋白の蓄積は証明できませんでしたが、現在はPET検査という方法で脳の中にβアミロイドが蓄積していることを確認することができます。タウ蛋白については、研究段階ですがやはりPET検査で確認が可能です。しかし、アミロイドPETは国内でも受けることが可能ですが、1回20万円以上かかる高額な検査です(保険診療の対象外)。
アミロイドPET検査について 浜松PET診断センター
PET検査以外の方法としては、脳の中を循環している髄液というものを腰から採取して、髄液中のアミロイドやタウ蛋白を調べるという方法があります。こちらは費用はそれほどかかりませんが、採取がやや面倒ですし採取時に合併症を引き起こす可能性もゼロではありません。 血液検査で分かればそれが一番良いのですが、血液中のβアミロイドやタウ蛋白の量は非常に微量でこれまでの機器では測定が困難でした。しかし、測定機器の進歩により近年、微量な蛋白も測定が可能になりました。
アルツハイマー病創薬の開発支援 島津製作所
血液検査によるアルツハイマー病診断法 日本医療開発研究機構
では、こうした検査によりアルツハイマー病の診断が可能になるということは、どのような意味があるのでしょうか?
まず、診断が正確になります。現在、アルツハイマー病の診断は、問診、身体診察、認知機能検査(HDS-R、MMSE、ADAS-Cogなど)、画像検査(MRI、脳血流シンチ)によっておこなわれています。しかし、こうした診断法は、どうしても正確とは言えず、患者さんが亡くなった後に脳を調べるとアルツハイマー病ではないことも、それほど珍しくはありません。
アルツハイマー病の治療薬を開発し治験を行う時は、アルツハイマー病の患者さんだけを選ぶ必要があります。一口に認知症と言っても様々な病気があります。被験者にアルツハイマー病以外の人が多く混じると、せっかくの新薬も良い結果が出ない可能性があります。ですから血液検査で正確な診断ができるようになると、治療薬の開発に役に立ちます。
次に重要なのは、早期治療の可能性です。前述したように、アルツハイマー病では、発症の20年前から脳の中にβアミロイドやタウ蛋白がたまっていきます。そして、完全に発症してからこうした蛋白を脳の中から除去しても、治療効果は乏しいということが分かっています。ですから、こうした原因となる蛋白を取り除く治療は早ければ早いほうが良さそうだと言えそうです。しかしPET検査は高額なので、検診で何度も受けることができる人は限られますが、血液検査で早期治療・発症前診断ができるようになれば、例えば60歳ころから数年に一度血液検査をおこない、症状が出る前に異常が見つかればβアミロイドやタウ蛋白を減らす薬を投与して発症を遅らせたり予防することが可能になるかもしれません。
近年の技術の発達により、アルツハイマー病の早期診断が可能になりつつあります。ただ、こうした診断技術が普及するためには、治療方法の開発とセットであることが重要です。
参考文献
Kiddle et al.A Blood Test for Alzheimer's Disease: Progress, Challenges, and Recommendations. J Alzheimers Dis, 2018
Preische et al. Serum Neurofilament Dynamics Predicts Neurodegeneration and Clinical Progression in Presymptomatic Alzheimer's Disease. Nat Med. 2019