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アルツハイマー病の発症機序、治療の可能性

[2025.01.16]

認知症患者さんの6-7割を占めるアルツハイマー病ですが、いまだに病気を治す薬はできていません。アルツハイマー病が最初に報告されたのは1906年のことで、ドイツ人医師のアルツハイマー博士がアウグステ・Dという重度の認知症患者を報告したのが始まりです。アルツハイマー博士は、死後にこの女性の脳を調べたところ脳内にシミのようなものが散在していることを発見しました。このシミは老人斑と命名され、後にこの老人斑はアミロイドβという蛋白質の塊であることが分かります。、またアルツハイマー病患者の脳内には老人斑だけではなく、神経原線維変化というものがあることも分かり、こちらはタウ蛋白という蛋白質からできていることも分かりました。この2つがアルツハイマー病の特徴であることが分かると、アミロイドβとタウ蛋白が病気の原因ではないかと考えられるようになりました。ただ、アルツハイマー病を発症していない高齢者の脳内にも老人斑が見つかることがあり、本当にアミロイドβが病気の原因なのかどうかについては長い論争がありました。その後の研究で、まず中年の頃から脳内にアミロイドβが増え始め、その後にタウ蛋白が増え始めること、実際に脳内の神経細胞を障害するのはアミロイドβではなくタウ蛋白らしいといことが分かってきます。つまりアミロイドβの増加→タウ蛋白の増加→神経細胞死という順序らしいということです。また私たちはAPOEという遺伝子を持っていますが、このAPOEの種類によってアルツハイマー病になりやすい、なりにくいということがあるのだということも分かってきます。こうなってくると、病気の最初の引き金であるアミロイドβを減らす治療をおこなえば、アルツハイマー病を治療できるのはないかと考える人達が出てきました。1999年にあるベンチャー企業が、アミロイドβに対するワクチンを開発して脳内のアミロイドβを減らすことに成功します。このワクチンはすぐに治験が行われましたが、治療を受けた患者さんの中に髄膜脳炎を発症し亡くなった人が出たため治験は中止されました。その後も、アミロイドβを減らす治療薬はいくつか開発されましたが、いずれも治験で効果が確認できていません。そのため、アミロイドβが原因だという説に疑問を呈する研究者も出るようになりましが、その後も一部の製薬会社が忍耐強く研究開発を続けた結果、レカネマブ、ドナネマブという2つの治療薬がアミロイドβを減らし、病気の進行を遅らせることに成功しました。ただ、この薬も病気を治すわけではありません。進行が遅れるといっても実感できるほどの効果ではないかもしれませんし、そもそもごく早期の人にしか効果はありません。薬の価格も高価です。

次に研究者が考えているのが、もう一つの原因であるタウ蛋白です。そもそも、現在の仮説からいうと神経細胞を直接傷害しているのはタウ蛋白の可能性が高いので(アミロイドβもそうだという研究者もいます)、タウ蛋白を治療の標的にするのは理にかなっています。これまでにいくつかのタウ蛋白を標的とした薬が開発されましたが、残念ながら効果は見られていません。現在は、前述のレカネマブ、ドナネマブとタウ蛋白を減らす薬を併用するという方法や、より効率的にタウ蛋白を減らす薬が開発されています。

また先ほど述べたAPOEという遺伝子の働きの解明も重要です。APOEはその種類によって、アルツハイマー病になりやすくなったり逆にアルツハイマー病の発症に対して予防的に働きますから、アルツハイマー病の発症をコントロールしている重要な因子と言えます。APOEが、どのようにして病気の発症をコントロールしているのかはまだ完全には解明されていません。近年の研究では、脳内にあるミクログリアという細胞が異常なタウ蛋白を取り込んで処理することにより病気の発症を防ぐ働きをしており、APOEはこのミクログリアの働きに影響を与えて病気の発症のしやすさに関与している可能性があります。であれば、このミクログリアの働きをコントロールする薬ができればアルツハイマー病の治療薬になる可能性があります。

とりあえず、すごく大雑把にアルツハイマー病の治療薬の開発の現状を説明しましたが、細部は不正確かもしれませんし、議論の余地が残る部分もあると思います。

現在のアルツハイマー病の治療は、アミロイドβ-タウ蛋白-細胞死というストーリーを基に開発されているものが多いのですが、この方針もひょっとしたらどこかで行き詰まり、まったく別の視点から新たな治療が開発されるかもしれません。

癌治療においても、一時は免疫療法というもものが脚光を浴びたもののうまく行かず流行が過ぎ去ったように見えましたが、京大の本庶先生たちがPD-1という蛋白質を発見したことにより、免疫を利用した画期的な薬が開発されることになりました。

アルツハイマー病の治療でも、こうしたメインストリームから外れたところから新たな治療薬が出ることを期待します。ただ、こうした研究が芽を出して実を結ぶためには広く研究費を拠出する必要があります。研究費が少なければ、どうしてもメインストリームの研究にお金が偏ります。PD-1だって、最初は癌治療とはまったく無関係な研究で発見されたものです。どの研究が将来実を結びのかは、専門家やその分野の大家でもなかなか予想はできません。広い裾野の基礎研究は国力の基礎でもありますから、なんとか国民の理解を得て日本でも基礎研究がさらに充実されるようになれば良いと思います。

Amyloid plaques are misfolded proteins aggregates beetween neurons, Alzheimer's disease illustration

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