カルフォルニアから来た娘(daughter from California syndrome)
通常、患者さんの治療をする場合は、医師、看護師、ソーシャルワーカーと患者さん本人、家族を含めて話し合いをして進めていくことが多いと思います。特に、重い病気、経過が長い病気であればこの傾向は強くなりますし、クリニックよりも病院に入院した場合は関わる人も多くなります。ただ、こうした経過の中で長く患者さんと会っていなかった、あるいは疎遠だった家族が急に現れて治療方針などに異議を唱えて混乱が起きることがあります。例えば、以下のような事例です。
70代の男性。1年前に肺癌が見つかり手術適応はなかったため化学療法をおこなった。2回化学療法をおこないその都度癌は縮小したが、またすぐに大きくなり肝臓や脳への転移も見つかった。本人は、これ以上の化学療法は辛くて耐えられないので後は自宅で家族と過ごして最後を迎えたいという希望を述べ、病院もその希望に応じるために訪問看護師などを手配した。しかし、遠方に住んでいて1年以上本人と会っていなかった娘が本人の元を訪問した。娘は「まだできる事があるはずだ。なんで治療をしないのか。皆は父を見殺しにするのか」と家族や医師に食ってかかった。結局、本人やその他の家族は娘があまりにも強く主張するため方針を撤回し3回目の化学療法をおこなうことにしたが、入院中に急変しそのまま亡くなった。
これは架空の症例ですが、こうした事例は医療関係者なら一度は経験したことがあるものです。実は英語にもこうした事例を指す言葉があり、それが「カルフォルニアから来た娘症候群(daughter from California syndrome)」です。
Wikipediaには以下のように書かれています。
”カリフォルニアの娘 症候群とは、瀕死の高齢の親族が治療を受けている病院に、長く顔を合わせていない親戚がやってきて、医療チームに患者の延命のための積極的な手段を追求するよう主張したり、患者が受けているケアに異議を唱える状況を表す、医療関係者の間で使われている言葉である。アメリカの医師アンジェロ・ヴォランデスは自身の著書の中で、これを「罪悪感と否定」であり、「必ずしも患者にとって最善であるとは限らない」と位置付けている。」中略
医療関係者によれば、「カリフォルニアの娘」は高齢患者の生活やケアから遠ざかっていたため、しばしば患者の悪化の程度に驚き、医学的に可能なことについて非現実的な期待を抱くことがある。また、不在であったことに罪悪感を抱き、再び介護者としての役割を果たそうとする場合もある。中略
カリフォルニアでは、「ニューヨークから来た娘」、もしくは「オンタリオから来た娘」と呼ばれている。”
こうした状況というのは、世界共通で見られるようです。
誰しも自分の家族には健康で長生きしてほしいと思いますが、一方で誰しも寿命というものがあります。医学は万能ではなく、しばしば何もしないことが却って予後を長くする、あるいは本人の苦痛が一番少なくなることは珍しくありません。最後になって揉めないように、疎遠な家族がいたとしても万一の時にどうするのか(どうしてほしいのか)、そして病気になれば密に連絡をとることが重要です。