認知症は遺伝するの?
時々患者さんから「認知症は遺伝しますか?自分の親が認知症だったので心配です」と聞かれることがあります。
認知症のタイプとしてもっとも多いアルツハイマー病(アルツハイマー型認知症)について言えば、「遺伝することは稀ですが、アルツハイマーになりやすい素因は親から遺伝することがあります」という答えになります。
アルツハイマー病を引き起こす遺伝子としてはアミロイド前駆蛋白(APP)、プレセネリン1(PSEN1)、プレセネリン2(PSEN2)という3つの遺伝子が知られています。これらの遺伝子に異常があるとかなりの高確率で(100%に近い)アルツハイマー病を発症します。またこうした遺伝子異常によるアルツハイマー病が発症年齢が早いことも特徴です。この3つの遺伝子はいずれもアミロイドという蛋白質の産生に関係しています。またアルツハイマー病患者さんの脳ではアミロイドが増えていることが分かっています。ここから、アルツハイマー病の原因はアミロイドの蓄積であるという「アミロイド仮説」が生まれました。これらの遺伝子異常は親から子供に遺伝しますので、両親のどちらかが遺伝子異常をもっていた場合は、それを受け継いだ子供もアルツハイマー病を発症します。日本にもプレセネリン1遺伝子の異常でアルツハイマー病を発症する家系が存在します。ただし、こうした遺伝性のアルツハイマー病は全体の1%以下です。また若年発症だからといって、遺伝性のアルツハイマー病であるわけではありません。
このような特定の遺伝子異常による家族性アルツハイマー病以外を「孤発性」と呼びます。ですからアルツハイマー病の99%以上は、この孤発性に該当します。
しかし、アルツハイマー病を直接引き起こすわけではないものの、アルツハイマー病を発症する確率を上げる遺伝子が存在します。その代表的な遺伝子がAPOEという遺伝子です。APOEには2、3、4という3つのタイプが存在し、もっとも多いのはAPOE3です。私たちは両親から遺伝子を受け継ぎますので、APOEも父親、母親から受け継いだ2つが体内に存在し、その2つは2、3、4のいずれかの組み合わせです。この組み合わせの中で4の数が多い方がアルツハイマー病を発症しやすいということが分かっており、両方とも4の場合は4がまったくない場合よりアルツハイマー病の発症の確率は8-12倍になります。しかし、このAPOE遺伝子がどのようなメカニズムでアルツハイマー病の発症リスクを高めるのかはまだよく分かっていません。
一方、このAPOE遺伝子に特定の異常が生じることによりアルツハイマー病の発症が予防されるケースが報告されました。南米コロンビアにPSEN1遺伝子に異常をもつ家族性アルツハイマー病の家系が存在します。この家系の方はPSEN1の異常を親から受け継ぐとほぼ確実にアルツハイマー病を発症していました。ところが、その中に遺伝子異常を持っていながらアルツハイマー病を発症しない女性がいることが分かりました。この女性の遺伝子を調べると、PSEN1遺伝子だけではなくAPOEに特別な遺伝子異常をもっていることが分かりました。つまりAPOE遺伝子はアルツハイマー病の発症リスクを高めるだけではなく、発症を予防する方向に作用することもあるという事です。
先ほど述べたようにAPOE遺伝子の働きはまだ良くわかっていませんが、それが解明されればアルツハイマー病の発症の仕組みや予防、治療法の開発につながる可能性があります。